ばっかすの部屋

趣味や関心ごとに関する身辺雑記をチラシの裏に書き散らす。 そんな隠れ家「ばっかすの部屋」

タケミツと日本刀(A級外盤No.140)

最近、こんな本を入手しました。

吉田秀和: 孤高不滅の音楽評論家 (KAWADEムック 文藝別冊)

f:id:bacchus-r:20210503064653j:plain奥付には「2019年5月30日発行」とありますので、2年前に出版されたようですが、私が知ったのは最近です。まだ読み始めたばかりですが、この稀代の音楽評論家を巡るエッセイや対談、評論を多角的かつコンパクトにまとめた良質なMOOKといえそうです。

その中の「生活を語り、音楽を語る」と題する武満徹との対談で、A級外盤に関連する興味深い記述をみつけました。

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武満が「このあいだ、小澤征爾とボストンでレコードつくって、楽しかったです」と、No.140「カトレーン」について話しているのですが、その中でハンブルグから技師が来て、録音がうまいんでびっくりしました。ディレクターとミキサーと二人、演奏会へずっと来ていて、スコア見ているんです。それで、録音の当日は、マイクロフォンをパッとつけたら、それで終わりですね。すごいもんですね」と、録音の様子について語っています。

レコードのクレジットを見ると、「 ディレクター」というのは「Production and Recording Supervision」のRainer Brock、「ミキサー」というのは「Recording Engineer」のKlaus Hiemannのことのようです。

長岡先生は「録音も小沢好みの繊細でシャープで明るくダイナミックなもの」と評していますが、武満によると「そのディレクターが、小澤を含めて、ボストン・シンフォニーにいうことの厳しいことっていったら、すごいですね。もうガミガミいってますね。日本じゃ、ちょっと考えられないです」という状況だったようで、録音は(あるいは演奏も?)Rainer Brockの意向が強く反映されたもののようです。

 LPのジャケットは「カトレーン(四行詩)」を示す「4」のオブジェが印象的なデザインですが、よくよく見るとそれに纏わる5色の紙テープが「鳥は星型の庭に降りる」の「5」を暗示していることに、今更ながら気がつきました。

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 LPの他、同じ音源が収録されたCD(独Grammophone 423 253-2)も手元にありますが、CDの方が歪感は抑えられているけれど控えめな、いわゆるアナログ的な音に聴こえます。LPは長岡先生が「録音データ記載なし」と書いている通りですが、CDには「Boston, Symphony Hall, 3/1977(Quatrain), 12/1978(Flock)」との記載があります。両曲の録音は2年近くのインターバルがあったことになります。「鳥は...」の初演は1977年11月30日ということですので、「カトレーン」の録音時には、まだ完成していなかったかもしれません。

ちなみに別冊FMfan No.28(1980年冬号)の「外盤ジャーナル」で、長岡先生は「A面のカトレーンもいいが、B面のA flock(中略)がいい」と評しています。録音時期の違いを聴き分けられたのでしょうか。

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他にも、吉田・武満対談では「このあいだ、シュトックハウゼンが日本へ来て雅楽のための作品を発表した」と、A級外盤No.74「暦年」の初演にまつわる話題が登場します。

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雅楽版「暦年」は1977年10月31日に国立劇場で初演され、対談は1979年1月17日に行われています。この初演は多くの日本人に不評で「シュトックハウゼン雅楽風のものを描きたいだけで、雅楽を理解しておらず、理解していないからつまらない作品しか生まれない」といった意見が主流だったそうですが、吉田秀和ベートーヴェンモーツァルトは、トルコ音楽という名前で、それまでとちょっとちがった、しかし自分にはおもしろい、みんなもおもしろがるだろうと思ったものを書いた。シュトックハウゼンにしても、雅楽のなかで自分がおもしろいと思ったことを書いて、(中略)雅楽の精神を体現したような新作を描くのは日本人の仕事で、僕の仕事じゃないよというのは(中略)あたりまえなんじゃないかと僕は思う」と、異なる視点を提示します。

これに対して武満は、自ら雅楽作品「秋庭歌」(1973)を作曲した経験をふまえて応じていきます。興味がある方は上記の本をポチってください。

 

ところで私にとって武満は、何を聴いても「捉え所のない」という印象しか残らないという、相性の悪い作曲家なのですが、武満がギター独奏用に編曲した「12の歌」(1977)を荘村清志が演奏したLP「12の歌・地球は歌っている」(東芝EMI TA-72039)は、最近の愛聴盤となっています。

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発売当時、高校のギタークラブの仲間内で「スムーズに聴き流せる、ゆったりとした曲ばかりなのに、楽譜を見ると非常に難しい」と話題になったことが思い出されます。手持ちのLPは20年ほど前に中古で購入したものですが、適度な距離感、適度な大きさで奏でられるギターの音色に引き込まれます。

改めて録音データを見ると「16th & 17th June, 1977 : Iruma Civic Hall」ということで、なんと「カトレーン」と「鳥は...」の録音の合間に行われたものであると判明しました。

ということで、ひさびさの(かつ変則的な?)A級外盤ネタでしたが、なんとかオチがついた、、、かな?