ばっかすの部屋

趣味や関心ごとに関する身辺雑記をチラシの裏に書き散らす。 そんな隠れ家「ばっかすの部屋」

Listeningchair Detective(A級外盤No.71)

No.71「アヴァンギャルドのリコーダー音楽」

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「(P)80年、録音データ不詳」となっていますが、B面1曲目の「Nachtstück(夜の音楽)」が1978年の作品とあるので、録音は78年から80年の間ということになります。

ジャケット写真はメンバー6人が普段着で演奏していますが、マイクが見えませんので、録音風景ではなく練習風景でしょうか。

A面の「Arrangements」と「Epigenesis I」は四重奏曲なので、B面の「夜の音楽」か「リコーダーのための3章」の演奏風景ということになりますが、「中程から『ハッ』『ハッ』という気合が入ってリスナーを驚かす」という「夜の音楽」を聴くと、女声の気合が右から3人目に定位しますので、女性が左端で演奏しているジャケット写真は「リコーダーのための3章」の方ということになります。なお、この女性は当時まだHochschule für Musik in Wien(ウィーン国立音楽大学)の学生で、他のメンバーも同大の教授でアンサンブルのリーダーであろうHans Maria Kneihsの門下ということです(ちなみに、ジャケットの解説文の英訳ではVienna Academy of Musicと表記されていますが、これだとウィーン音楽院といったニュアンスで、別の音楽学校をイメージしかねませんので、注意が必要です)。

右から3人目の髭の男性(この人がKneihsかと思いきや、正解は右端の髭の男性でした)の後ろには、大中小7本のリコーダーがオルガンのパイプのように立ち並んでいますが、最大の物は人の背丈くらいありそうです。この低音が聴けるのは「夜の音楽」ですが、期待するほどの重低音ではありません。例えば、32Hzの低音を出すためには16ft(4.88m)の長大リコーダーが必要となりますから、人間の肺活量で吹き鳴らすのは困難でしょう。

上の写真右は、中ジャケットに掲載されている、A面1曲目「Arrangements」のスコアの一部です。長岡先生は「偶然性の要素を取入れた楽譜、というより、波や、コイルばねや、釣針のような形の記号がならんだ一覧表のようなものを頼りに演奏する」と紹介しています。左端に「s」「a」「t」と記してあるのは「ソプラノ」「アルト」「テノール」の各リコーダーのパートということでしょう。その下の太い線には「4''」「18''」「5''」「9''」「10''」と記してあり、秒単位での進行を指示しているようです。現代音楽でおなじみ(?)の「図形楽譜」としてはわかりやすい部類で、一覧表というより楽譜のようなものに思えます。

この「Arrangements」という曲名について、長岡先生は「特に面白いのがA面1曲目の"順列”だ。"編曲"という意味にもなるが、この曲の場合は数学的な意味の順列である」と解説されています。しかし、Kneihsによる解説文には、楽器の"組合せ"や、特殊奏法による音の"組合せ"といった「曲の構成の根底にあるアイディアを示している」とあり、"組合せ"と呼ぶ方が腑に落ちる感じです。

曲名といえば、A面2曲目について、ジャケット裏面のタイトルリストに「Epigenensis I」と記載されていますが、これは誤植。レコードラベルや解説文の表記「Epigenesis I」が正解です。聞き慣れない単語ですが、「後成説」という生物学の学術用語です。心理学では「漸成説」とも呼ばれ、長岡先生はこちらを採っていますが、「何も無いところから次第に形が作り上げられる」という生物学的発生理論を、音楽に当てはめた作品と捉える方が、やはり腑に落ちそうです。

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「以上、レコードを聴きながら、ちょっとした推理を働かせてみただけだよ、ワトソン君」